日本人移民史と同い年の移民
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Fotos: Silvio Muto/NB

近次郎さん
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マキさん
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百周年に意欲
【シルヴィオ・ムトウ/NB】
田中近次郎さんのように頑健な人が、60歳になるまで1日に4箱のタバコを吸っていたとは誰も想像できないだろう。近次郎さんの義理の娘であるルシンダ・アパレシーダ・タナカさんは「医者が義父に最終通告をしたのです。タバコをやめるか、死ぬか。義父はそれを聞いて相当効いたのでしょう。それからすぐにタバコをやめ、二度と吸わなくなりました。当時、義父のコレステロール値は800以上と大変高かったのです」と当時の様子を語る。
タバコを止めてから近次郎さんは規則正しい生活を送るようになった。毎朝6時に起床し、竹べらで足を15分間マッサージ、朝食は味噌汁にご飯、梅干、番茶とシンプルだ。「父にしてみれば、新鮮さもあったもんじゃないけれど、それでも体のことを考えて食事には気をつけているようです」と息子のパウロ・マサタカさんは語った。
福岡県出身の近次郎さんは1908年2月20日生まれで、今年6月にブラジル日本文化福祉協会主催で行われた白寿表彰式で表彰された。「義父は、栄えある表彰式に参加したかったのでしょう。しかしバスでの旅路は義父にとって相当きついし、かと言って私たちが迎えに行くことも出来ませんでした。結局280レアルを払い、運転手と車を借りて義父をサンパウロまで連れてきてもらったのです」とルシンダさんが語るように、ミナスジェライス州クラウジオ市で生活している99歳の近次郎さんにとって、表彰式が行われるサンパウロ市まで道のりは厳しかったが、彼の意欲は遠い道のりを超えた。
「来年の移民百周年に百歳を迎えることが出来たならそれはどんなにか素晴らしいことだろう」と近次郎さんは語る。ルシンダさんは「とても頑固なので百歳は必ず元気で迎えられることは間違いないでしょう」と冗談を交えながらも太鼓判を押した。
優しい笑顔と温和な表情が印象深い今沢マキさんは社交性に富み、たくさんの友人に愛されている。「皆、母とお喋りするのが大好きで、母も人を家に呼ぶのが好きなもんだから、いつも誰かが母を訪ねてくるわ」とマキさんの娘のアリセさんは言う。「母はとても健康です。一度もタバコを吸ったことがないし、お酒も口にしないの。それに母の年齢で眼鏡も使わないのよ」。
マキさんは1908年2月16日福井県で生まれた。彼女の長寿の秘訣は、生きることが何よりも楽しいこと。「外出するのが好きなんです。月に2回は会館へ行き、皆でビンゴをするの。カラオケにも行くし、お友だちとのお喋りも楽しいわ」とマキさんは言う。
日本で看護師の資格を取り、ブラジルへは1930年に到着。委任状によって決まった相手と結婚するためだった。年頃だったマキさんに両親が結婚の話を進めていたのだった。
日本での生活を捨て、ブラジルまで来て農作業をすることは辛くなかったのかと記者が尋ねたところ「とんでもありません。私はとてもブラジルに来たかったのよ。そしてこちらに着いたらすぐに夢中になったわ」とマキさん。
マキさんも前出の近次郎さんと同様に来年の移民百周年には元気で健やかでいられることを願う。「私も百年祭に参加したいです」と思い入れは深い。娘のカタリーナさんは「母が元気に百歳を迎えられることを家族全員で応援しています。そして移民百周年記念祭に参加する母を見たいと思っています」と語った。