ジョアン・ジルベルト(João Gilberto)
ボサノバの生みの親であり、ブラジル音楽において歌とギター演奏のスタイルを根底から変えた人物。
1931年6月10日バイーア州ジュアゼイロ市で生まれ、14歳からギターを弾き始める。歌手を目指し18歳のときに州都サルバドールへ移り、その後すぐにリオデジャネイロに移り住む。そこでバンド「Garotos da Lua」に参加するものの、1年足らずでクビになってしまう。しかしそれからも精力的に音楽活動を続ける。
1958年、レコード会社オデオンから元祖ボサノバの曲となる「想いあふれて(Chega de Saudade)/Bim
Bom」と「Desafinado/Oba-la-lá」を発表。同年には「想いあふれて」などを含むLPレコード「Canção do Amor Demais」を発売し、ボサノバムーブメントを引き起こした。
1964年にはアメリカでサックス奏者のスタン・ゲッツとのコラボレーションのもと「ゲッツ/ジルベルト」を発売。妻のアストラッドが歌った「イパネマの娘Garota da Ipanema」が現地で100万枚を越す大ヒットとなった。1965年にはグラミー賞を受賞。これまでに世界各国でコンサートを開き、日本でも2003年に初来日公演を行った。
若いときから音楽において型にはまらない独自のスタイルを貫いていたジョアン・ジルベルトは、あまりの独創性の強さからか成功できずに、何年も友人の家を渡り歩く居候生活を送っていた。家の人が朝早く起きなければならないことなどお構いなしに夜遅くまでギターの練習に没頭し、たとえ経済的にきつくても演奏中に客が平気でお喋りするような場所では出演するのを断り、また音楽以外の仕事をしようとも考えなかった。
有名になってからも破天荒(はてんこう)ぶりは変わらず、インタビューで決して本音を語らないことや、コンサートをときおりドタキャンすることなどで周囲を騒がせている。しかしそれらの全ては、彼の完璧を追求するひたむきな性格からくるもので、「想いあふれて」を録音したときから少しの間違いや雑音をも決して許さなかったというその徹底ぶりは有名な話だ。
ディスコグラフィー
「想いあふれて(Chega
de Saudade)」1959年(廃盤)
「愛と微笑みと花(O
Amor, o sorriso e a flor)」1960年(廃盤)
「ジョアン・ジルベルト(João
Gilberto)」1961年(廃盤)
「彼女はカリオカ(Ela é
Carioca)」1970年
「三月の水(João Gilberto)」1973年
「イマージュの部屋(Amoroso)」1977年
「海の奇跡(Brasil)」1981年
「ジョアン(João)」1991年
「ジョアン 声とギター(João Voz e Violão)」2000年
「In Tokyo」2004年