シコ・ブアルキ(Chico
Buarque)
シコ・ブアルキ(Chico
Buarque/本名:フランシスコ・ブアルキ・デ・オランダ)は、1944年6月19日にリオデジャネイロで生まれた。幼い頃
、父親の仕事の都合でイタリアで生活していたブアルキは、同地で後に音楽活動のパートナーとなるビニシウス・デ・モラエスと出会う。ブラジルに帰国後、わずか12歳にして簡単な曲作りを始め、このとき彼はジョアン・ジルベルトの「Chega
de Saudade(邦題:想いあふれて)」から大きなインスピレーションを受けた。何度も繰り返しこの曲ばかり聞いていたので、周りの人が迷惑がり、後にジョアン・ジルベルトと結婚することになる姉のミウーシャでさえ、この曲を聞くのにはうんざりしていたという。
1959年、記念すべき処女作「Canção
dos olhos」を完成させる。その後、文学にも目覚めるが、1964年になるとステージで演奏するようになる。この頃
、後にブラジル・ポピュラー・ミュージック界(MPB)で活躍する数多くのミュージシャンと知り合っている。1965年にはファーストシングル「Pedro
pedreiro/Sonho de um carnaval」を発売。MPBに革命的変化をもたらした運動「movimento
tropicalista」の立役者、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルと出会ったのもこの年だ。
1966年、自身の曲「A
banda」が、ジェラルド・バンドレの「Disparada」とともに第2回MPBフェスティバルで最優秀作品に。続いてLP第1号となる「Chico
Barque de Hollanda」を発表。この頃から、彼の歌詞が軍事政権の抑圧を受けるようになる。1968年にはそれに反抗するかのように10万人規模のデモ行進に参加。さらに、自由のない生活に嫌気がさしたのか、彼は一度イタリアに亡命するが、母国を捨て切れず、すぐにまたブラジルに戻ってきた。帰国後リリースした「Apesar
de Você」が10万枚のヒットを記録しながらも、政府の圧力で全レコード店から回収されるという事態に見舞われるブアルキだが、その後も圧力に屈せず精力的に音楽活動を続ける。1972年にはサルヴァドールのカストロ・アルベス劇場でカエターノ・ベローゾとの歴史的ライブを実現し、観客を大いにわかせた。
音楽以外でも俳優として映画に出演したり、劇作家として脚本を手掛けたりと、多才ぶりを発揮している。彼の小説「ブダペスト」は国内外で大きな反響を呼び、日本語版も発売された。レコード・CDは現在までに40枚以上発表し、2006年には最新作「Carioca」をリリースしている。
プライベートでは女優のマリエータ・セベーロと結婚しており、彼女との間に3人の娘がいる。
アルバム・ディスコグラフィー