2007年5月9日
カエターノ・ヴェローゾ
バイーア州出身の歌手カエターノ・ヴェローゾ(本名:カエターノ・エマヌエル・ヴィアナ・テレス・ヴェローゾ)は、1942年8月7日に父ジョゼ・テレス・ヴェローゾと母クラウジオノール・ヴィアナ・テレス・ヴェローゾの5男として生まれた。妹は歌手のマリア・ベターニャ。
ボザノバの歌手として活動を始めるも、後にMPBの生みの親の1人として知られるようになる。音楽で政治、社会的な思想を推進してきた彼は、1960年代末のヒッピー全盛期やトロピカリア運動(movimento
da Tropicáliaまたはmovimento tropicalista)などとの結びつきが深い。
一足早く歌手として活躍していた妹マリア・ベターニャの影響を受け音楽界に進出。1965年に「Cavaleiro e Samba em Paz」でデビューした。翌年、ガル・コスタとのコラボレーションLP「Domingo」を発表。同年、アルゼンチンのバンド、ビート・ボーイズのエレキギターのアレンジを加えた「Alegria alegria」がMPBフェスティバル(Festival de Música Popular Brasileira)で反響を呼び4位となった。ちなみに、同イベントではジルベルト・ジルが「Domingo no Parque」を歌い、2位に輝いている。これがMPBに大きな影響を与えるトロピカリア運動の始まりでもあった。
その後、マリア・ベターニャをはじめ、ジルベルト・ジルやガル・コスタなど、仲間と共作で「Doces Bárbaros」を発売。同作品はMPBの代表作とも言われている有名な作品で、収録曲「Atrás da verde-e-rosa só
não vai quem já morreu」は1994年にサンバチーム、エスタソン・プリメイラ・デ・マンゲイラのテーマソングにもなっている。「Doces Bárbaros」は70年代、典型的なヒッピーバンドとして名を馳せた。
デビュー当初からカエターノ・ヴェローゾには左翼的な思想があった。それはまた1985年まで尾を引いた軍事政権に対する反抗でもあった。カエターノ・ヴェローゾもやはり多くのミュージシャンと同じように、多くの曲が検閲を受け販売禁止に追い込まれた経験を持つ。ジルベルト・ジルとともに反政府主義活動をしたとして刑務所に入れられたこともあり、1969年には2人ともロンドンに国外追放されている。
80年代に入ってからはイスラエル、ポルトガル、フランスなど国外でも人気が広がった。この頃、米国ではアフリカ支援のために多数の有名ミュージシャンが集められ「We are the world」が作曲されたが、カエターノ・ヴェローゾもこれに影響を受け、1985年にブラジル北東部支援運動「Nordeste ja」を実施し、「Chega de
mágoa」、「Seca d´água」などを155人のミュージシャンとともに録音した。
2004年までに彼は50枚以上のレコードを発売し、ラテンアメリカ最大のポップスターの仲間入りを果たした。国内外で名声を得るとともに数多くの映画のサウンドトラックにも参加。ペドロ・アルモドバル監督の「トーク・トゥ・ハー」、メキシコ人画家フリーダ・カーロの人生を綴った「フリーダ」などの外国映画をはじめ、「オルフェ」、「Lisbela e o prisioneiro」など数多くのブラジル映画の音楽も手掛けている。
カエターノ・ヴェローゾ・ディスコグラフィー