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中川トミさん 100年を待たずしての逝去

2006年10月11日

中川トミさん 100年を待たずしての逝去
[エルダー・ホリカワ/NB]

Danielle C. Costa / Especial para o NB
100年近い日本移民史を肌で感じてきた中川トミさん。

 家族や友人、関係者など160人を招待した100歳の祝いが用意されていた。しかし、主役となるはずの第1回笠戸丸移民の唯一の生存者、中川トミさんが出席することはない。中川さんは11日午前6時30分、老衰のためロンドリーナの自宅で亡くなった。葬儀は12日、同市サンペドロ墓地で行われる。

 中川さんの娘婿イサム・スズキさんによると、ここ数日、中川さんはこん睡状態が続いていた。「家族は、遅かれ早かれ訪れる死を待つしかありませんでした」とスズキさんは語った。

 20日前から体調を崩した中川さん。長男の中川ワタルさんによると、医師の診察では何も異常が見つからず、ただ、心臓が弱っていると告げられたという。「それまで、母は普段通りの生活をしていました。車椅子には乗っていたけれど、意識はとてもはっきりしていました」。

 今年8月、中川さんは、サンパウロ州プロミソン市議会から名誉市民の称号を受けた。席上、自身の人生を語った中川さんは涙を流し、お祝いに駆けつけた出席者は黙って彼女を見守った。同名誉市民証が、中川さんが最後に受けた表彰だった。昼食後、中川さんの希望で家族は、日本移民の父として知られ、中川さんと幼少時代をともにした上塚周平の墓を参った。墓前で中川さんは、上塚植民地で食べたおにぎりのことを感謝し、再び涙を流した。

 死の2週間前、中川さんは弟の西村ミツオさんとトメ夫妻の結婚65年を祝うパーティーに出席した。パーティーでは、すべての親戚の名前を覚えていた中川さん。歌を披露し出席した親戚たちを喜ばせた。「彼女は自分の死期が近づいていることを知っていたのだと思います。パーティーは私たち家族との別れとなってしまいました」と前出のイサムさんは語った。


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