沖縄県人の軌跡を辿る
【シンチア・ユミ/NB】日本語教師を務める赤嶺礎乃子さん(67)は、百周年を目前に控え、過去のブラジル日本人移住者名の間違いを訂正する調査を進めている。今回の調査は、沖縄の琉球大学移民研究センターの協力で実施されたもので、1908年に笠戸丸で渡伯した日本人移民781人のうち325名の沖縄出身者の詳細を調べるものである。325人の氏名は、大サンパウロ圏ジアデマ市に建立予定の記念碑に刻まれる。
赤嶺さんは、移民先駆者の氏名の間違いについて、ブラジルと日本のアルファベットの書き方、発音などの違いによって引き起こされたものだと語る。「笠戸丸の乗船者リスト調査のために日本まで行きました。ブラジルの乗船者リストと日本の原本を照らし合わせ、資料によって記述に違いがあることを発見しました」。
調査を進める中で判明する事実に赤嶺さんは悲しい表情を見せる。多くの移民は、大きな希望を抱いて降り立ったその土地で命を落とした。「彼らの多くは、毎日の重労働と不慣れな土地での生活でマラリアに罹患し、多くの犠牲者が出ました。平野植民地では入植第1年目にして82家族のうち80人が犠牲となったのです。さらに情報の伝達の遅かった当時、行き違いなどで、家族は死者に対し別れを告げることもままならなかったのです。ふさわしい葬式も出せずに死者は葬られたのです」と涙ながらに語った。
赤嶺さんの努力により現在まで325人の沖縄出身者のうち、200人以上の情報を集めることが出来た。計画の実現のために、すべてを無償で行っている赤嶺さんは、資料を集めるために訪日しただけでなく、笠戸丸乗船者の子孫に話を聞くため、数州を訪れている。赤嶺さんの努力は、日本語とポルトガル語二カ国語で出版される。「沖縄出身の移民の一人の名前も、生年月日も、死亡年月日も欠けることなく記念碑に刻みたいのです。そして本にはさらに完全な資料と彼らの軌跡を記したいと考えています」。
赤嶺さんは、プロジェクトへの協力者または情報提供者を求めている。問い合わせは、電話:(11)3288-3070または sono.a.m@hotmail.co.jp まで。